國  體  護  持

國 體 護 持 とは 男系男子の天津日嗣が、代々天皇となって

万 世 一 系 の 皇統を継承することであり、

それ以外の道なし。

天業恢弘 修理固成 天津日嗣 天皇(スメラミコト) 弥栄








すくすくまっすぐお育ちの悠仁さまが夏休み旅行 新潟県で縄文文化を体験


@比べてはいけませんが、本当に素晴らしい。





平成28年8月4日


   悠仁さま 9歳のお誕生日





@ほっこりします。衷心よりお祝いお喜び申し上げます。


國體護持とは、男系男子の天津日嗣が代々天皇となって、万世一系の皇統を継承することであります。それ以外の道はありません。


現在、国学院、皇学館、学習院は左翼の牙城です。


 平成27年9月6日


 悠仁さま 8歳のお誕生日






@ほっこりします。衷心よりお喜び申し上げます。


現在、国学院、皇学館、学習院は左翼の牙城です。


H26 09.06


悠仁さま、7歳のお誕生日





@心よりお喜び申し上げます。


平成25年9月6日


悠仁さま、夏休みの旅行で福井県の恐竜博物館を訪問


秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまが、夏休みの旅行で福井県にある恐竜博物館を訪問されました。悠仁さまは、10日秋篠宮ご夫妻と姉の眞子さまと一緒に夏休みの旅行で、
福井県勝山市にある県立恐竜博物館を訪問されました。
宮内庁によりますと、悠仁さまは2年前の幼稚園の頃から恐竜に興味を持たれているということですが、骨格標本を興味津々な様子で見学。
勝山市で発見された全長およそ4メートルの肉食恐竜「フクイラプトル」の骨格の組み立て作業を体験し、大きな骨の複製を抱えながら、じっくりと骨格を観察し「これはここかな」とじっくり考えられていました。
また、悠仁さまは博物館を訪問する前に、勝山市内にある恐竜の化石の発掘現場を訪れ自らハンマーで石を割って、植物や貝の化石を見つけられたということです。)


@皇位継承者として、左翼の巣窟となった学習院ではなくお茶の水を選択された事はまったくもって正しい判断です。立派にご成長され、恐竜がお好きなんですね。涙が出るほど嬉しくも頼もしい限り。
一言だけ、よく我々は國體をお守りしてなどと言いますが、これは大きな間違いで、八百萬の神々が鎮座する神国日本の天津日嗣、天皇陛下によって我々国民が守られているのです。





平成25年8月11日


悠仁さま新1年生に、小学校の入学式


@おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます。
学習院は前にも書いたとおり左翼の巣窟ですから、ね。





平成25年4月7日


女性宮家案に反対多数 皇室典範改正論議は中止見通し


政府は18日、女性皇族の結婚後の皇室活動に関する論点整理を受けた国民からの意見公募で、
「女性宮家」創設に「反対する意見が極めて多く寄せられた」とする結果を発表した。
次期首相に就任する自民党の安倍晋三総裁は女性宮家創設に反対の立場で、
「男系で紡いできた皇室の長い歴史と伝統の根本原理が崩れる」としてきた。
そのため、野田佳彦政権が目指してきた皇室典範改正論議は中止となる見通しだ。

政府は10月に公表した論点整理で、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる女性宮家創設案について
「検討を進めるべきだ」と明記。
これに対する意見公募には、10日までの2カ月間で約26万7000件が寄せられた。
内閣官房によると、女性宮家について「安定的な皇室活動のため自然な流れだ」との賛同意見がある一方、
「将来、女系天皇につながる恐れがある」などと反対する意見が多数を占めた。
旧宮家の男系男子孫による新宮家創設を求める意見も多かった。
ただ、内閣官房では意見公募について「問題意識を幅広く把握するため行ったもので、
意見の分類は極めて困難だ」として、賛否の内訳を集計しなかった。


@反皇室、国體護持という国体論なき民主党政権なればの反日策動であり論外。2番じゃいけないんですかといった民主党の末路はその通りになった。


平成24年12月19日


皇室典範改正を断念 女性宮家創設に慎重論


政府は3日、皇族の減少を防ぐため検討してきた「女性宮家」創設に関する皇室典範など関連法の改正を断念する方針を固めた。
「女系天皇」に道を開きかねない女性宮家創設には有識者ヒアリングでも異論が相次いだうえ、
民主党や自民党内でも慎重論が根強いためだ。
女性皇族がご結婚後も「内親王」などの尊称を保持する案についても法案化を見送る。
政府は今年2〜7月に計6回、女性宮家創設の可否などについて12人の有識者にヒアリングした。
当初は10、11月ごろに意見公募(パブリックコメント)を行い、来年1月に召集される通常国会への関連法改正案の
提出を目指していた。
だが、ヒアリングでは「民間人とのご結婚を前提とした女性宮家創設は、皇室の本質を根本から変える
女系天皇につながりかねない」(ジャーナリストの櫻井よしこ氏)などの反対論が出た。
百地章・日本大教授も「女性宮家の創設は女系天皇への道を開く危険性があり、その場合、違憲の疑いさえある」と拙速な議論を慎むよう求めた。


@女性宮家創設、いっさい論ずる必要ありません。


平成24年10月4日


「女性宮家」有識者ヒアリングとりまとめ発表迫る


一昨日・昨日、所謂「女性宮家」創設をめぐる典範改悪問題で報道(朝日、NHK)がありました。
7・8月の官房長官記者会見で予告されていた「有識者ヒアリング」とりまとめの発表が近づいた模様です。
予想されていたことですが、法案素案というレベルの提示はないようで、おおまかに言って論点整理ですが、
なるべく素案に近い選択肢に纏め上げるという苦心の跡も見えるようです。
二つの報道、「女性宮家」創設案とその皇位継承問題に及ぼす影響から慎重論が根深いことを報ずるのは同じですが、
他の部分の報道ではニュアンスが異なります。

対案(保守派系陳述者の主張)の「尊称」案が、女性皇族が降嫁後一般国民となるので国民の法の下での平等に
違反するとの判断が示されているというところまでは同じですが、その対応上の必要が典範の更なる改正を要するとする(朝日)、
公務員として勤務する(NHK)と異なります(公務員云々は、ヒアリングで述べられた宮内庁参与や皇室御用掛のことと思われます)。

また今後の見通しについては、結論先送り・次の政権に引継ぎ(朝日)、国民の意見を聞いて来年の通常国会に
提出したい(NHK)と報道のニュアンスが反対です。
これは朝日の報道が官邸上部、NHKは内閣官房実務サイドの見方を元に取材している為ではないかと思われます。
結果的には前者の可能性が強いでしょうが、実務方は後者の方向をめざしてコツコツ政策を練るという風に考えるべきでしょう。

改悪反対の観点からは、「女性宮家」創設の対案として「尊称案」が大きく取り上げられたことは評価できますが、
典範の法体系上の位置付け(日本国憲法の下位法)からくる改正フリー(皇室の伝統の尊重も単なる選択肢の一つであり、
皇室の在り方は何でも国会で決められる)の状況に前向きな政府の志向は一向に後退していません。
野田政権中枢とは別に、七年前の典範改悪騒動以来、一貫して日本国憲法の機関としての皇室という在り方(彼らの言う
「象徴天皇制度」)を根付かせていこうという官僚機構内部の一連の人脈の策動については
今後も一貫した監視・告発が必要でしょう。
とりあえず近日中に予想される政府による取りまとめの正式発表を注視しつつ、状況に応じた対応を準備すべきと思います
(小田内陽太) 


女性宮家創設賛否、2案併記へ 来月公表、結論は先送り(9月28日「朝日新聞」)

野田政権は皇室典範の見直しに向けた論点整理を10月上旬にも公表する。
女性皇族の結婚後も皇籍にとどまる「女性宮家創設案」と皇籍を離れて尊称で活動を続ける「尊称案」の2案を併記。
女系天皇誕生につながることへの懸念が強いため、女性宮家創設の是非については結論を出さない。
皇室典範では、女性皇族が皇族でない男性と結婚すれば皇籍を離れると定めている。
現在の皇室では未婚の女性皇族8人のうち6人が成人したため、結婚によって皇族が減り、皇室活動が先細りする恐れがある。
野田政権は昨年11月に女性宮家創設の検討に着手。
皇位継承権に踏み込まない前提で、今年2月から計6回にわたって12人の有識者からヒアリングをした。
論点整理は、このヒアリング結果を踏まえた。

「女性宮家創設案」は、結婚した女性皇族を当主とする新たな宮家を創設する内容。
子も皇籍に入ると女系の宮家後継者となって皇位継承権に触れかねないとの指摘も相次ぎ、夫と子を皇籍に入れる案と、
入れない案の両論を明記する。
「尊称案」は、女性宮家創設への反発に配慮した。結婚したら皇籍を離れた元女性皇族が「尊称」を使って皇室活動を続ける内容。
ただ、皇族の使う「内親王」などの現在の尊称を皇族以外の国民に与えることが、
法の下の平等を定めた憲法に抵触しかねないことも指摘する。
このため「尊称案」にすれば、現在皇族が使っている尊称とは別に、元女性皇族が使う新たな称号を設ける
皇室典範改正が必要になりそうだ。

ヒアリングでは、すでに皇籍を離れた元皇族の男系男子を皇族の養子に迎え、皇位継承権を与える案も出た。
だが、今回は皇位継承権の問題と切り離すため、検討対象としないことを盛り込む。
女性宮家の創設には、女系天皇の容認につながるとして与党や自民党に根強い反対論がある。
このため、政権は皇室典範改正案が成立する見通しは立たないと判断し、論点整理にとどめた。
政府高官は「次の政権への引き継ぎだ」と話している。(二階堂友紀)


政府 女性宮家などで論点整理(NHK7時のニュース 9月29日 19時37分)

政府は、皇室の活動を将来にわたって維持していくためには今の制度を見直す必要があるとして、
女性皇族が結婚後も皇室にとどまれる「女性宮家」を創設する案と、皇室を離れても国家公務員として
皇室の活動に参加できる案を盛り込んだ、論点整理をまとめました。
政府は、将来皇族の数が大幅に減るおそれがあるなかで、皇室の活動を維持していくためには
女性皇族が結婚で皇室を離れる今の制度を見直す必要があるとして、皇室典範の改正も視野に、
ことし2月以降有識者からヒアリングを行い、このほど論点整理をとりまとめました。
それによりますと、皇族の減少に歯止めをかけるため、女性皇族のうち、天皇の子や孫の「内親王」が
結婚後も本人の意思によって皇室にとどまれる、「女性宮家」を一代に限って創設する考え方を示したうえで、
結婚した夫や子どもも皇族とする案と、皇族としない案が併記されています。

また、ヒアリングで多くの有識者が提案した、女性皇族が結婚で皇室を離れても「内親王」などの尊称を贈って
活動を続けてもらうという考え方については、法の下での平等を定めた憲法に抵触するおそれがあり、
実現は難しいと指摘し、代わりに国家公務員として皇室の活動に参加できる制度を新たに設ける案が示されています。
政府は、「女性宮家」の創設を巡って、「女系天皇につながる」などとして反対する意見が根強くあることも踏まえ、
近く論点整理を公表し、国民の意見を幅広く聞いたうえで、来年の通常国会への提出を目指して
皇室典範の改正案を取りまとめたい考えです。

(犬塚博英氏、小田内陽太氏から送られてきたものを転載しています。)


平成24年10月01日


皇室典範改正 女性皇族の尊称保持 政府方針 結婚後も公務継続


皇室典範改正をめぐり、政府は27日、女性皇族が結婚後も「内親王」などの尊称を保持し、
公務を継続できるようにすることを改正案の柱に位置付ける方針を固めた。
女性皇族が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」創設には「女系天皇容認につながる」として反対論が強いことから妥協案として浮上した。
天皇、皇后両陛下のご負担軽減や、将来にわたる皇室活動の維持発展にもつながるため、
政府は年末までに改正案をまとめ、来年の通常国会提出を目指す。

現行の皇室典範では、女性皇族のうち天皇の子、孫を「内親王」、ひ孫以下を「女王」と規定。女性皇族は、
皇族以外の人と結婚すれば皇室を離れ、夫の姓を名乗ることになっている。
新たな改正案は、女性皇族は、結婚しても、内親王や女王の尊称を保持し、皇室の公務を続けることができるようにする。
この際、身分を終生皇族とするか、民間とするかどうかが今後の議論の焦点となる。
当初の典範改正の目的である女性宮家創設に関しては今後も検討を続けるが、
政府内では「尊称保持を先行させた方が円滑に改正できる」として先送りすべきだとの意見もある。

また、天皇陛下の長女で結婚後、民間人となった黒田清子さんの皇族復帰に関しては、
皇室典範改正だけでなく新規立法の必要があるため見送る公算が大きい。
戦後、皇籍離脱を余儀なくされた旧11宮家の復帰や、旧宮家の男系男子を養子に迎えられる制度改正も先送りとなる見通し。

女性宮家創設に関しては、女性皇族が一般男性と結婚し宮家を創設した場合、子供が史上例のない女系皇族となるため、
男系継承堅持を求める慎重派は「女系天皇容認につながる」と反発してきた。
政府が実施している有識者ヒアリングでも、ジャーナリストの櫻井よしこ氏は
「皇室の本質を根本から変えかねない」と反対を表明、百地章日本大教授らも異議を唱えた。
ただ、櫻井氏も女性皇族の尊称保持については「皇室の未来に明るいエネルギーを注入する」と賛意を表明。
百地氏も明治憲法下の旧皇室典範でも称号保持が認められていたことを理由に賛意を示した。


@ご皇室の本質や尊厳も分からない輩が集まってバカな事協議しているんじゃないよ。
主権在民などと抜かす戦後民主主義体制そのものに大問題アリ。


平成24年6月28日


「女性宮家」創設を懸念、保守派が会合


政府が進めている「女性宮家」創設の動きは、皇室の伝統に重大な影響を与える恐れがあるとして、
保守派の政治家や文化人らが会合を開き、懸念を表明しました。
30日、都内で行われた「皇室の伝統を守る国民の会設立総会」には、安倍元総理や、
たちあがれ日本の平沼代表、ジャーナリストの桜井よしこさんら、保守派の政治家や文化人らが参加しました。
現在、政府は女性皇族が結婚後も皇室に留まることを可能にする女性宮家創設に向けて、有識者のヒアリングを行うなど
検討・作業を始めています。

30日の集会では、「2000年以上続いた男系天皇の歴史を守り続けなければならない」「政府は、
皇位継承とは切り離して議論を行うとしているが、女性宮家創設は必ず女系天皇実現に道を開いてしまう」などと、
女性宮家設立の動きに、次々に危惧が表明されました。
会では、「男系男子による安定的な皇位継承が可能となる具体的な提言をしていきたい」としています。


@うっ、と思う人物が入っていますが・・・・





平成24年5月31日


宮内庁参与に渡辺前侍従長と国松元警察庁長官


宮内庁は、栗山尚一・元駐米大使(80)が天皇家の重要事項の相談役である参与を31日付で退任すると発表した。
新しい参与には前侍従長の渡辺允・侍従職御用掛(75)と国松孝次・元警察庁長官(74)が4月1日付で就任する。


@取り合えずノーコメント。


平成24年3月31日


政府の「女性宮家」に関するヒアリング報道を受けて 犬塚博英(神宮参拝みそぎ会 皇都世話人)


「女性宮家」創設に関する政府のヒアリングが始まった。
「有識者」にヒアリングを行なう中心人物が内閣参与の園部逸夫(元最高裁判事)だから、「女性宮家創設」という「まず結論ありき」の
世論操作とアリバイ証明であることは明らかである。
なぜなら、この園部こそ「女系導入・長子優先・『女性宮家』創設」といった小泉政権下の「皇室典範に関する
有識者会議」の座長代理として実質的に会議を仕切り「報告書」を提出した中心人物である。
「報告書」は秋篠宮妃殿下のご懐妊と、悠仁親王殿下のご生誕によって、過熱した典範改定論議も一気に冷却化し、
法案提出もお蔵入りとなった経緯がある。
かっての「有識者会議」の論議は親王殿下の誕生がないことを前提としたもので、その前提が崩れ去った以上、
全く違った観点から安定的皇位の継承を図るための方策が論議されるべきである。
にもかかわらず、論議は尽した、論点が明確になっていると、「有識者会議」の「報告書」を叩き台として進める今回のヒアリングが、
「結論ありき」と疑われるのは当然である。
「有識者会議」の中心人物が、更に「有識者」にヒアリングを行なうという、「猿芝居」にしか見えないというのは酷か。


それでも、今谷明(帝京大学特任教授)、田原総一郎(ジャーナリスト)の二人の意見表明を精査して、今後の論議の問題点も
浮かび上がってきたと思う。
今谷氏は官僚を経験した(大蔵省)日本中世史の研究家。今谷は「女性宮家は幕末にも例があり、決して不自然ではない」という。
しかし、その「女性宮家」については具体的に言及していない。
我々は1月に「維新公論会議」を行なった際に、講師の一人・大原康男教授に
「必ず過去に例があると言い出すものが出てくる」と指摘を受け、幕末に桂宮を継承した淑子(すみこ)内親王の事例に気付いていた。
淑子内親王は第120代仁孝天皇の第3皇女(1829年出生)で、14代徳川家茂将軍に嫁いだ皇女和宮の異母妹に当たる。
12歳で閑院宮愛仁親王と婚約、2年後に内親王宣下を受けるも、愛仁親王の薨去により結婚に至らず、
その後、独身を通される。
異母弟・節仁親王の薨去で当主不在となった桂宮家第12代当主を継承(34歳)、女性が世襲親王家を継いだ唯一の例である。
1881年淑子内親王薨去(52歳)され、桂宮家は継嗣不在の為に断絶する。
こうした極めて特殊、かつ悲劇・不運な歴史については一切言及せずに、「過去に例があり、
不自然ではない」という今谷教授は学者として不誠実といわざるを得ない。
唯一の前例に従うならば、「女性宮家」当主は生涯独身を通し、配偶者を「準皇族」とするなどという必要もない。


あと一点、今谷氏は、女性宮家は「内親王に限るべき」であるが、天皇陛下のご長女・黒田清子様の皇籍復帰を「期待したい」と述べている。
悠仁親王殿下誕生以前に、宮内庁関係筋が「女性宮家」当主、並びに「女性天皇」としてイメージしていたのが
清子様・紀宮内親王殿下であったことは小生如き野人の耳にも入っていた。
彼女の人柄の良さや、両陛下の信頼が厚いことはマスコミ関係者からも洩れ伝わって来る。
しかし、渡辺充前侍従長が漏らしたように「内親王のご結婚はきわめてハードルが高く、黒田さんが皇族に入るという前提だったら、
実現したかどうか」と疑念を示している。
一旦、民間人に嫁いだ皇女が夫婦して皇籍に復帰(ご主人は準皇族扱い?)することが可能ならば、
男系男子の皇統を継承している旧宮家の適任者の皇籍復帰を先ず具体的に検討するのが本筋であろう。
清子様という人柄の宜しい方を挙げて、史上例のない元内親王の皇籍復帰などをアドバルーンとしてあげるやり方に、
今回のヒアンリングの狙いを垣間見る思いがする。


あと一人の「有識者」田原が、果たして「有識者」に値するかどうか論議が別れるところであろう。
彼が陳述した「女性宮家を認めないのは男女差別、アナクロニズム」「男女共同社会になり、時代は変わった」という論点には失笑したが、
一方「有識者」なるものの限界、特質が見えてきて面白い(不謹慎か?)。
皇位が男系による世襲であり、皇族には基本的人権が極めて制約されているのに、
ここに「男女同権」「男女共同社会」の論理を持ち出してくると、何れ「世襲」そのものが「法の下の平等」という憲法原理に違反しているという意見が
噴出してくるだろう。
今回のヒアリングは「皇位継承は別」で「火急の案件の女性宮家に特化して論じる」というものの、「女性宮家」は一代限りとするのか、
民間から婿入りする配偶者は「準皇族」という、これまた例のない、概念規定さえない架空の論理(呼称さえ定まらない)を弄び、
ひいては皇位継承件はない(前提からすれば当然そうなる)生れてくる子供を皇族とすることは、皇室の本質に背馳し、皇室不要論、
皇族不要論に向うことは必至であろう。

ヒアリングが行われた翌日(3月1日)に、月刊『正論』4月号で旧宮家の血筋を引く竹田恒泰氏が「皇統問題 旧皇族一族の覚悟」と題し、
占領軍の圧力で臣籍降下を余儀なくされた旧宮家の大方が「女性宮家創設の議論にほぼ全員が違和感を持っている」ことや、
「皇室や国民から求められた場合には責任を果たしていく覚悟をしているものが複数ある」と伝えているのは実に力強い。
この竹田氏を漫画家の小林よしのりは「旧皇族を自称する詐欺師」呼ばわりしているが、彼が男系男子の血を継承する方であり、
明治天皇様の玄孫であることは何人も否定出来ない。
小林の「論理」は皇族であった方のみが「旧皇族である」というが、その血筋を引く方をも一般国民は「旧皇族」の方々と特別の眼で見ている。
竹田氏は『語れなかった皇族たちの真実』(小学館)という本を上梓するに当たって、「複数の皇族方」に了解を求めたという。
もし「ニセ旧皇族」であれば、皇族の意見や了解を求めることは不可能であろう。
小林や高森明勅といった似非御用学者が旧皇族の「皇籍復帰の不可」や悪口雑言を浴びせるほどに、「女性宮家当主の配偶者は如何なる人物を?」
といった疑念が世情喧しくなる。

前掲『正論』には八木秀次氏(高崎経済大学教授)が「憲法で皇室解体を謀る『法匪』園部逸夫」なる、今回の「女性宮家論議の本質を衝く」実に
見事な論文を寄せている。
「女性宮家」創設検討の中心人物・園部は「将来の女系天皇につながる可能性があるのは明らか」「男系皇統は終る」という本音を持ちながら、
陛下のご不例、公務のご多忙を理由に
「女性宮家」創設に善意の国民世論を誘導することにあると喝破している。
皇室典範の改定だけで、二千年来続いてきた皇統を断絶させることにつながる「女性宮家」を創設しようという
悪意を我々は見抜かなければならない。
園部や羽毛田宮内庁長官、渡辺前侍従長、更には官僚・法匪の「黒幕」古川貞次郎(元内閣官房副長官)などは、天皇の本質、宮中祭祀を通し
常に国家・国民の平和と繁栄を祈念しておられることを全く理解出来てないし、拒絶反応さえ見せている。
これら官僚群の多くは本質的に左翼であり、反「国体」者である。

『正論』4月号には、別に欧州の王族が如何に大衆化し国民の尊敬を失っているか、特に英国の事例を詳しく紹介している。
ヒアリングで皇室に対する国民的感心が高まる時期に、まことに時宜を得た雑誌が出たこともある種の「神計らい」のような気がする。

短期的には悲観的になることもあるが、皇室典範改悪があと一歩で行われる寸前に悠仁親王殿下のご生誕があったように、
日本は神国であることを疑わない。
二千年の歴史を振り返ると,皇位の空白時期もあり、大嘗祭も伊勢の式年遷宮も行われなかった皇室の衰亡期もあった。
「法匪の姦計」を吹き飛ばす「神風」を疑わないし、必ず落ち着く処に落ち着くという「大安心」「大確信」を持って
有志草莽の底力を発揮していきたい。


神宮参拝みそぎ会 皇都世話人 犬塚 博英 (八千矛社 代表)


平成24年3月4日


「女系天皇につながるのはまずい」 女性宮家ヒアリングに、たちあがれ・平沼代表


たちあがれ日本の平沼赳夫代表は29日の記者会見で、女性皇族がご結婚後も皇室にとどまる
「女性宮家」創設に向けた皇室典範改正を検討するために行う政府の「皇室制度に関する
有識者ヒアリング」について「女性宮家がゆくゆく女系(天皇)につながっていくと、
125代続いている日本の皇室、日本の歴史、伝統、文化を考えたときにまずい」と否定的な見解を示した。
また平沼氏は、大阪維新の会が次期衆院選の政権公約として策定中の「維新版・船中八策」に首相公選制の
導入を盛り込んだことに絡み、私見と断ったうえで「首相公選制という形で、天皇に代わる立場を
持つものができることは日本の歴史からいって、ふさわしくない。
そういう元首的なものにつながるものには反対だ」と述べた。


@女性宮家創設、未来永劫、いっさい論ずる必要はありません。


平成24年2月29日


男系維持へ「一族として応える」 旧皇族の大半、皇籍復帰要請あれば 「正論」で明らかに


終戦直後に皇籍離脱した旧皇族の多くが、皇位の男系継承を維持するために皇籍復帰を要請されれば、
「一族として応えるべきだ」とする意向を固めていることが分かった。
主に現在の宮家と養子縁組することで、男系を継承することを想定している。
旧皇族の慶応大講師、竹田恒泰氏(36)が、3月1日発売の月刊「正論」4月号に寄せた論文で明らかにした。
皇統問題で旧皇族の意向が文書で公表されるのは初めて。
女系天皇容認につながると懸念される「女性宮家」創設を念頭に、政府が検討する皇室典範改正作業への影響は必至だ。

論文によると、竹田氏は昨年11月〜2月中旬、皇位継承問題について旧皇族20人以上と意見交換。
大多数が男系の皇統は維持されるべきだと考えており、女性・女系天皇を積極的に容認する人はいなかった。
男系維持のため皇籍復帰を要請されれば、「一族として要望に応える覚悟を決めておかなければならない」と考える人が
大半を占めたという。
論文は、寛仁親王殿下の長女、彬子さまが今年1月7日付の毎日新聞のインタビューで、
女性宮家創設だけが議論される現状に「違和感」を表明、「男系で続いている旧皇族にお戻りいただくとか、
現在ある宮家をご養子として継承していただくとか、他に選択肢もあるのではないかと思います」と発言されたことを紹介。
このうち養子継承案が注目されているとし、旧皇族一族には少なくとも9人の未婚男子と、
ここ数年内に結婚した5組の男系夫婦がいて、通常の養子や婿養子、夫婦養子となることが可能だと指摘している。
竹田氏は「皇室から、そして国民から求められた場合には、責任を果たしていかなくては
いけないと(すでに)覚悟している者が複数いて、その数が増えつつある」としている。
竹田氏が意向を確認した旧皇族は、占領政策で皇室が経済的に圧迫され、
昭和22年に皇籍離脱を余儀なくされた旧11宮家(うち4家は廃絶)の男系子孫たち。


平成24年2月29日


「女性宮家」問題、来年から本格議論


いわゆる女性宮家の創設問題などについて藤村官房長官は、政府としての本格的な議論を来年から
始める考えを明らかにしました。
議論の進め方については、審議会や有識者会議を設けたり専門家に個別に話を聞くなど、
いくつかの方法を現在検討しているということです。
また、年明けすぐに始めるのかという質問には、常識的な範囲の中で年が明けてからスタートしたいと述べました。


万世一系の天皇は、男系男子の天津日嗣によって代々継承されるものであります。

因って


@論ずるまでもなく、全く無用。





平成23年12月15日


「女性宮家」へ勉強会 内閣官房と宮内庁、非公式に開始


内閣官房と宮内庁が11月に「女性宮家」創設を視野に入れた皇室典範改正について、
非公式の勉強会をスタートさせていたことがわかった。
政権関係者によると、勉強会は内閣官房や宮内庁の実務者を中心に構成。
(1)女性宮家の範囲について、天皇の子や孫とするのか、拡大するのか
(2)女性皇族の夫や子どもを皇族に含めるのか――などを検討している。
歴代政権も事務方を中心に皇室典範改正の検討を続けてきたが、今回改めて仕切り直したという。
女性宮家をめぐっては宮内庁の羽毛田信吾長官が10月に「皇族方の減少は緊急性の高い課題」と
野田佳彦首相に経緯を説明。
藤村修官房長官は11月25日の記者会見で、女性皇族が結婚しても皇族の身分にとどまれるよう
今後の検討課題とする考えを示していた。


@政治家も宮内庁もインドネシア国籍の娼婦と同じレベルというか価値観で語るべからず。
飽くまでも男系男子の天津日嗣による万世一系の皇統を守らなければならない。



平成23年12月02日


悠仁さま「着袴の儀」と「深曾木の儀」に


秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さま(5)は3日午前、東京・元赤坂の赤坂東邸で、 「着袴(ちゃっこ)の儀」と「深曽木(ふかそぎ)の儀」に臨まれた。
皇室のお子さまの成長を祝う儀式で、秋篠宮さま以来41年ぶり。
春に予定されていたが、東日本大震災を受け延期となっていた。
落滝津(おちたぎつ)の服を着た悠仁さまは、ご夫妻と姉の眞子さま、佳子さま、
祖父母の川嶋辰彦さん夫妻が見守る中、畳の上に南を向いて立つと、 宮内庁御用掛が白のはかまをはかせ、ひもを結んだ。
続いて悠仁さまは童形服(どうぎょうふく)姿で、右手に扇、左手に小松2本と山橘(やまたちばな)1本の枝を持ち、
皇太子さまと秋篠宮さまのときも使われた碁盤の上で、黒っぽい「青石(あおいし)」2個を踏み南を向いて立った。
御用掛が髪をくしですきそろえ、はさみで毛先を少し切ると、悠仁さまは約27センチの高さから「ピョン」と飛び降りた。
式後の午前10時40分すぎ、悠仁さまは落滝津の服を着て、ご家族と赤坂東邸の玄関前に姿を見せた。
報道陣から「悠仁さま、おめでとうございます」と声が掛かると、「ありがとうございます」と話し、笑顔を見せて歩いた。
この後、悠仁さまは皇居・宮中三殿で参拝し、ご夫妻と一緒に御所で天皇、皇后両陛下にあいさつした。
悠仁さまがこの日着た装束は、両陛下から贈られた。


@おめでとうございます。国民一同、心よりお喜び申し上げます。





平成23年11月03日





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